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Vol.2 ビバ!岡本太郎『明日の神話』と『太陽の塔』 メキシコと日本で生まれた二大傑作[後編]

1970年、アジア初の万国博覧会が大阪の千里丘陵で開かれた。50年代に始まった「高度成長期」の終盤に突入していた日本は、オリンピック開催国(1964年・東京)という大役を経て、4年後(メキシコ・オリンピック開催年)に資本主義国の中で第2位のGNPを達成。カラーテレビが急速に一般家庭に普及しはじめた好景気の時代で、多くの国民は、大阪万博に足を運ぶため、初めて東海道新幹線に乗り込んだ。
77カ国が参加し、6400万人の入場者を熱狂させた大阪万博のメインテーマは「人類の進歩と調和」。万博実現に向けて、当時の日本のトップ頭脳が知恵を振り絞る一方で、政府や企業が巨額の資金を投入。“高度成長期の金字塔”と呼ぶにふさわしい、光り輝く一大イベントとなった。
万博のカギとなる「テーマ館」のプロデューサーに抜擢されたのは、前衛芸術家・岡本太郎。「進歩」を短絡的に未来や科学技術の発展と結び付けてきた万国博覧会の歩みに疑問を抱いた岡本太郎は、「たとえ富や科学技術を持たない人々でも、その歴史の深さ、人間的豊かさによって、さらに誇らしい彩りをうち出せる。うち出してほしい。日本万博はそういう気配をみなぎらせるべきだ」との思いを、ほとばしる情熱と共にプロジェクトにぶつけた。

 慣例に従い、他のパビリオンが最新技術やお国自慢にスポットライトを当てるなか、テーマ館では生命の歴史を体感できる異色の空間を創造。来館者は、メインゲートから入って正面に作られた「現在」のゾーン(『太陽の塔』の両脇に『青春の塔』、『母の塔』を設置)を通過し、地下に設けられた「過去―根源の世界」(胎内を思わせる迷路のような空間に、世界各国から集めた神像、仮面、生活用具などの貴重な民族資料を展示)へと向かう。その足でエスカレーターに乗って空中スペースへと上昇し、「未来」のゾーン(様々な装置、カプセルからなる未来都市への提案)を経て、再びエスカレーターで『母の塔』の懐(=「現在」)へと降り立つ演出になっていた。「現在」「過去」そして「未来」。独自に存在する3つの層が重なり合いながら循環する「マンダラ的な宇宙」を体感させることで、「すべての人の心に人間であることの幅、重み、そのすばらしさをよびさまし、強烈な『祭り』の歓びをもりあげる」ことがプロデューサー・岡本太郎の狙いだった。
テーマ館の「顔」としてだけでなく、会場内でもダントツの存在感を放っていた『太陽の塔』は、高さ70メートル。同時期にメキシコに数回渡って完成させた巨大壁画『明日の神話』(現在、日本で修復中)と対をなす岡本太郎の代表作だ。テーマ館全体を覆っていた透明な大屋根(建築家・丹下健三作)を突き破ってそびえ立ち、夜間になると黄金の顔から目玉光線を放っていた。
今春、大阪万博と同規模を誇る愛知万博(3月25日~9月25日)が幕開けとなった。メインテーマは「自然の叡智」。開催前のプロモーションとして、35年ぶりに『太陽の塔』の目玉が点灯され、話題を呼んだ。万博公園となって久しい大阪万博の跡地で、今日も両手を広げ、孤独にたたずむかつての祭りのシンボルは、時代の移り変わりと人類の行く末に何を思っているのだろうか。

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